32歳まで、私は筋金入りの喫煙者でした。 学生時代から約12年間、毎日一箱のタバコを吸い続けていました。 体調を崩して熱がある時ですら、這ってでも吸うほどの依存状態。 「運動習慣」とは、無縁の生活でした。

そんな私が、走り始めて約2年でフルマラソンを2時間54分30秒(サブ3)で走ることになります。 これは、私に隠れた才能があったという話ではありません。 生活習慣を改善し、泥臭い継続をすれば結果はついてくるという、ただの実践記録です。

習慣の奴隷だった日々

当時の私の生活は、まさに「喫煙習慣の奴隷」でした。

  • 朝起きて一服
  • 食後に一服
  • 仕事の休憩に一服
  • 風呂上がりに一服

生活のあらゆる区切りに「喫煙」という動作が組み込まれていました。 ニコチンが切れたから吸うのではなく、「そのタイミングが来たから吸う」。 パブロフの犬のように、無意識にライターの火をつけていたのです。

転機は32歳の時。 家族で黒部ダムへバス旅行に行った時のことです。 乗鞍岳を見渡せる休憩場所で、少し散策できるエリアがありました。 そこにある、わずか50段くらいの階段を上り下りした時です。

突然、目の前が真っ白になり、息苦しくなってその場にうずくまってしまいました。 たった50段です。 この瞬間、自分の体力のなさに生命の危険を感じ、ポケットに入っていたタバコとライターを近くのごみ箱へ投げ入れました。

これが私のランニング人生の始まりです。

「吸いたい」を「動く」に置き換える

旅から戻り、すぐに近くのドラッグストアへ行きました。 「禁煙したいんですが……」と伝えると、店員さんに喫煙量を聞かれました。 「毎日1箱以上、12年は吸っています」と答えたところ、意外な言葉が返ってきました。

「えっ、その程度しか吸ってないの? なら薬はいらないよ。意志だけで十分止められる」

その一言で、「この程度のことで薬に頼るのか、軟弱者が」と言われたような気分になりました。 自身の弱さに目を向けていなかったことに憤りを覚え、「絶対にタバコを止める」と固く決意しました。 結局、禁煙外来には行かず、グッズも使いませんでした。

とはいえ、禁煙して数日はタバコを吸いたくなる瞬間が何度もありました。 「いつ吸いたくなるのか?」を分析すると、やはり「生活の区切りの瞬間」でした。

そこで私が採用したのは、喫煙の習慣(アクション)を、別の習慣に置き換えるというシンプルな方法です。

生活の区切りが来たら、その場で**「スクワット」**をする。 あるいは歯を磨く。 口寂しさや手持ち無沙汰を、物理的な運動で埋め合わせました。

仕事中にはさすがにスクワットはできません。 喫煙を我慢するあまり、夢遊病者のようにふらふらしてしまう瞬間もありましたが、周りの人に「禁煙した(『する』ではなく『した』!)」と宣言していたことで、不可解な行動も理解を得られました。

また、休日などは何もしないでいると欲求に負けてしまうので、気を逸らすために家の近所を走り始めました。 これが最初のランニングです。

当然、最初は酷いものでした。 1kmも走れば全身から脂汗が吹き出し、息は上がり、足は止まりました。 12年間の喫煙で汚れた肺と、なまりきった肉体の現実です。

しかし不思議なもので、そんな生活を3週間ほど耐え続けていたら、ふと喫煙欲求を感じなくなっていました。 そしていつの間にか、走ることの苦痛も感じなくなっていたのです。

才能ではなく「泥臭さ」

そこから2年でサブ3を達成できた要因は一つしかありません。 「辞めなかったこと」です。

寒い日も、暑い日も、気が乗らない日も。 「辞める理由」を探すのではなく、「何としてでも続ける方法」を考えました。 タバコを吸う代わりに走る。その習慣を淡々と続けました。

禁煙を機に始めたランニング。「何かの目標を」と思いついたのが、マラソン3時間切り(サブ3)でした。 なぜサブ3なのか、それは簡単に禁煙を辞めないために大きな目標のほうが良いと感じたから、ただそれだけです。
そして、サブ3を達成すると周りに宣言して、自らの退路を断ち切りました。目標が途中であきらめ、嘘つき呼ばわりされたくありません。そんな些細なプライドから、背水の陣で取り組むことになりました。

特別な練習メニューや、魔法のようなシューズのおかげではありません。 才能がない人間が勝つ唯一の方法は、人が休んでいる時に一歩でも目標のために前に進むことです。

報われるまで努力する

かつてタバコに費やしていた時間と情熱は、ランニングに置き換わりました。 不健康の象徴だった習慣の力も、努力の方向を変えれば強力な推進力になります。

なぜあの時、タバコを捨てて走り始められたのか、自分でも全ては説明できません。 ただ、あのバス旅行での「50段の絶望」と決意が、すべてを変えたのだと思います。 その後、「サブスリー」という言葉を耳にし、それを目標に掲げて走り続けました。

私が好きな言葉があります。

スタート地点がどれほど低くても、年齢がいくつであっても関係ありません。 12年間タバコを吸い続け、階段50段でうずくまっていた私でも変われました。 正しい方向への努力を止めなければ、体は必ず応えてくれます。

ABOUT ME
raphael
長野県在住のランナーです。 32歳からランニングを始め15年以上継続しています。 週末は善光寺周辺を中心に川沿いのコースを走っています。 現在サブ3を10年以上継続しています。今後も継続できるように時間を作って練習しています。